赤坂寿司物語〜深夜を見守る男編〜 vol.3

どうも初めまして。板前の岡田と申します。本日は暑い中、当店までご足労いただきましてありがとうございます。今さっきランチの営業が終わったところで、ホッと一息ついていたんですよ。……いやいや、お気遣いなさらずに。むしろ今日の取材をとても楽しみにしていたので疲れなんて気になりませんよ。しかし、しがない板前の僕から話が聞きたい、なんて思いがけない申し出だったもんですから、最初は驚きました。しかも、「最近話題の都内の寿司屋特集」で取り上げていただけるわけですよね? 非常に光栄です。今日はどうぞ宜しくお願いしますね。

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「板前寿司江戸の魅力」、ね。普通なら店のコンセプトやメニューへのこだわりを話すと思うんです。そこがウチの大きな魅力の一つであることには間違いないですからね。ただ、せっかく雑誌に掲載していただけるなら、今まで話してきていないようなネタの方が美味しいんじゃないかなって数日前から考えていたんです。そしたら、ちゃんとありましたよ。僕しか知らないとっておきのネタが!なので今日はそれを初解禁しようかなと思います。きっと、他のお寿司屋さんではなかなか珍しい、ウチらしい魅力が存分に伝えられるお話になると思います。

 

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僕は板前としてもう何十年もカウンター越しにお客様をお迎えし、握りを提供しているんですが、どうも最近面白いことに気づきましてね。どういうことかといいますと、「板前寿司江戸は、コンセプトや味を楽しむ食事を第一の目的にして来店しているお客様ばかりではない」ってことなんです。

 

実は僕、つい2ヶ月前から深夜帯を主に任されるようになったんです。……そうなんですよ、当店では深夜3時まで営業してまして。いやァ、早寝早起きをモットーに生活してきたもんですから最初は眠気との戦いで苦労しましたけどね。……ハハハ、ご心配なく。最近は慣れたので今までの時間帯と同じくらいイキイキと寿司を握っていますよ。ここらへんで僕の話は置いておきましょう。深夜帯って、今まで僕が見てきた寿司屋、もっというなら昼の板前寿司江戸とは別の空間が広がっているっていうことをまずは強調しておきたいんです。昼の顔と夜の顔、って言いますがまさにそんな感じです。ただ、同じ夜でもディナーの時間帯と深夜帯でもまた違うっていうのも面白いんですけどね。

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じゃあ、具体的に深夜帯は他の時間帯と比べて何が違うのかってことなんですけど、何が違うと思いますか?……正解はご来店されるお客様の数が他の時間帯に比べて少ないということなんです。そんな分かりきった違いが一体なんだって言うんだ、と拍子抜けしましたね?そう思う気持ちは分かります。なんせ僕自身も深夜帯を任されるまでは全く同じように考えていました。深夜帯はお客様の数が少なくなるだけで、他の時間帯とやることは変わらないだろうって。でも、お客様の数の違いだけで大きく「板前寿司江戸」での楽しみ方が変わってくるんじゃないかな、と気づきつつあるんです。

 

まず、深夜帯はお客様がそれほど多くないため、店内は柔らかい音に満ちているんです。なんていうんでしょう、無音でもなければ騒がしくもない。和やかな話し声、酒を注ぐ音、包丁とまな板で奏でる軽やかな音がそこかしこに舞っているんです。そして、その音がいつの間にかゆったりとした時間を運んでくれるんです。ランチやディナーが皆でワイワイ楽しく食事を楽しむ時間帯だとしたら、深夜帯は大人が自分たちの時間を優雅に楽しむ時間帯なんです。遅い時間まで仕事をしていた方が一人で来店し、握りを肴に晩酌したり、すでに何軒か飲み屋をハシゴした方々が〆の寿司を食べに来たりすることが深夜帯だと多いです。さっき言った「コンセプトや味を楽しむことばかりを目的に来店しているお客様ばかりではない」というのは、まさにこの深夜帯にいらっしゃるお客様のことなんです。

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僕の推測になるんですが、例えば一人で晩酌しに来店するお客様は、店のコンセプトが目新しい、なんてことはどうでも良くって、「仕事終わりで疲れた自分がゆったりと過ごせる場所」かどうかっていうのを一番のポイントにしているんじゃないかと思うんです。赤坂見附には深夜営業している居酒屋はたくさんあります。そのなかであえて板前寿司江戸を選んでくださった理由も深夜ならではの「板前寿司江戸の魅力」だと思うんですよねぇ。

 

店内でゆったりした時間が流れるということは、板前もゆったりしているんですよ。すると、カウンター席の醍醐味といいますか、寿司屋の本当の楽しみ方をお客様に実感していただくことが可能になるんです。率直に言えば、板前とお客様が会話を交わすことができるんです。

 

深夜だと他の時間帯に比べてゆとりがあるので、お客さんに対する気づきが増えるんですよね。「あのお客さんの好みの魚の系統はさっぱりしたものなのかもしれない」「辛めの日本酒を好んで飲まれる方なんだな」とか、そんな感じです。もちろん、どの時間帯であっても板前は誠心誠意お客様の期待に応えられるようなものを提供しようと考えていますが、お客様が少ない深夜であればそれだけ一人一人のお客様と丁寧に向き合い、もっと寄り添ったサービスをすることができるんです。

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だから、板前がお客様に声をかけることだってあるんです。「お客様にオススメしたい旬の握りがあるんですが、いかがですか?」とか、「グランドメニューには載っていないけれど、お客様が好きそうな日本酒を季節限定で取り寄せられたんです。一杯どうですか?」とかね。お客様がさらに満足できるような提案を板前からされるというのは深夜のカウンター席の特権だと僕は思いますね。自分のために板前がサービスを考えてくれているということですから、なんだかちょっと贅沢な感じがしますよね。……そうですよね、マニュアルにはまっていないサービスを提案してくれるのは、この価格帯の店だとなかなか珍しいかもしれないですね。会員制の店とか、高級料亭とかならありそうですけど。実際にあったことだと、僕がオススメした隠し酒がお客様のハートをしっかり射ぬけたみたいで、「この間オススメしてくれた日本酒が美味しくてまた来ちゃったんですよ、まだあの時のお酒あります?」って感じで頻繁に顔を出してくれるようになったお客様も何人かいらっしゃるんです。これって、お互いにとって嬉しいことですよね。

 

もちろん、オススメのメニューをこちらから提案するだけじゃなく、お客様が話好きであれば世間話の相手にもなりますし、聞かれれば魚の豆知識を教えることだってあります。このコミュニケーションは単なる接客という枠にはまったものではなく、自然な人と人の対話、なんです。常連のお客様もいらっしゃいますが、やはりそういうお客様とは顔を合わせれば僕も会話を楽しんじゃうんですよね。寿司が食べたいから来店してくれる、よりも僕に会って話すために来店する、なんてこともあります。すると、板前との会話そのものが板前寿司江戸に足を運ぶ理由であり、店自体の魅力になっているんだな、と思うんです。これって深夜帯だからこそのものですよね。自分で言うと少し恥ずかしいですが。……そうですよ、寿司に全く関係ない話を板前としたって良いんです。野球の話でもいいし仕事の愚痴だっていいし、恋愛相談だってなんでもアリです。

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深夜に活発になるのは板前とお客様の会話だけじゃないんですよ。席が隣同士になったお客様同士で会話が盛り上がることだってあります。きっとゆっくり時間が過ぎていく店内で、リラックスした状態で思い思いの夜を過ごしている者同士はちょうど良い話し相手になるのかもしれませんね。たまたまその日深夜の板前寿司江戸で席を隣にしただけなのに、話の花が咲き、その日をきっかけに何度も顔を合わせるようになって飲み友達になった、なんてこともあるみたいです。ロマンチックなことを言っちゃうんですけれど、なにか縁というか、運命のようなものを感じる出会いが生まれやすいのも深夜の板前寿司江戸ならではなのかなって思います。

 

 

……なるほど、そうきましたか。出会いを求める女性の方は特にそういうお話好きですもんね。そうですねぇ……確かに、初対面の男女のお客様が親しくお話をする場面を見かけることもありますよ。ただ、その後に交際に発展したケースがあるかどうかは神のみぞ知るところですね。

 

 

……いや、ちょっと待ってください。そういえば、ここ2、3ヶ月の間に何度かご来店なさる男女のお客様がいらっしゃるんですが、今改めて思い返してみるとその二人は深夜の出会いをきっかけに距離が縮まっているんじゃないかなと思います。これ、一応オフレコでお願いしますね。もし、記事に使えそうでしたらフェイク入れてください。そのお客様が記事を読んだら僕が喋っちゃったことがバレるので。……はっはっはっ、板前は見た!だと覗き見しているみたいなので、せめて温かく見守る板前、とでも呼んでくださいよ。

 

 

僕は何度かご来店なさるお客様の顔は覚えるようになるので、そのお二人のことも覚えているんですけれど、最初は男性の方が一人でよく晩酌をしに来ていたんですよ。深夜の決まった時間にカウンターで同じ日本酒をよく飲まれる方だったのですぐ覚えましたね。ある日、男性がいつものように晩酌していた近くの席に女性のお客様2名が座ったんです。カウンターだとお客様の会話が耳に入ってくるのですが、どうやらショートヘアーの女性が失恋したみたいなんです。泣いていらっしゃったので結構印象的でしたね。で、ロングヘアーの女性が隣で静かに慰めていたんです。お二人から握りを注文されていたので、握りを提供する時に僕もおもわずショートヘアーの方に声をかけたんです、「古い恋の終わりは、新しい恋の始まりだと僕は思いますよ」ってね。……思いの外ウケてますね、結構、僕なりに考えた励ましの言葉だったんですよ。……いやいや、笑ってくれて構わないですよ、僕もカッコつけて声をかけたので。それで、その女性と少し会話をした後、僕はカウンター内で道具を整理していたんです。閉店まで時間に余裕はありましたが、ゆとりもって作業しておきたかったので。

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整理を始めてしばらく経った頃、晩酌していた男性がショートヘアーの女性に声をかけていたんです。男性は、これまでも近くに座っている方に声をかけて一杯交わすようなことを何度かしていたので心配はしていませんでしたが、女性に声をかけているのを見たのは初めてだったことと、酔っている男性が女性に迷惑な絡みをしないか注意する必要があったので意識をそちらに向けたんです。やはり、男性はこれまで通り女性に日本酒を勧めたようで、和やかに酌み交わしていました。これだけであれば特に気に留めず、深夜に見かけるよくあるワンシーン、で終わりになります。

 

けれど、その日を境にショートヘアーの女性が何度も来店するようになったんです。来店する時は決まって23時を過ぎる頃に一人で来店し、カウンターに座るんです。そして、その日のオススメの握りを食べ、毎回違う日本酒を頼まれていましたね。日付が変わるか変わらないかくらいの時間になるとお会計を済ませて帰っていたんですが、どこかのタイミングで男性が少し早い時間からカウンターで晩酌をしている日に女性も来店なさったんです。女性は男性を見つけると少し驚いたようなそぶりを見せながら男性の隣に座り、閉店間際まで飲んでいましたね。……はい、きっとその日二人は「たまたま」再会したんだと思います。

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そして、その日以降、二人は一人で晩酌することがなくなりました。というのも、女性がカウンターで飲んでいると男性が後から合流するのがお決まりになったんです。どちらも仕事終わりにそのまま来店なさっている様子です。きっと「たまたま」再会した日に連絡先を交換して、日時を決めて来店するようになったんだと思います。会話も弾んでいたようですし、意気投合したんでしょう。一夜限りの出会いだと思って会話した相手とまた同じ店で出会って楽しく会話ができるなんて、縁を感じる他ないですからね。

 

それで、僕は空気の読める板前なので、そのお二人に関してはこちらから話しかけることはせず、ただ見守っています。断じて盗み聞きをしようとしているわけではないんですが、来店するたびにお二人はプライベートな会話が増え、それにつれてお二人の親密感が増している気がするんですよね。まあ初めてお二人が来店なさった頃の雰囲気を知っている板前だからこそ気づける微々たる差、ですがね。こう話してみると、板前寿司江戸ってただ食事をする場ではなく、新しい人との繋がりを生むのに一役買っている気がしますね。

 

とまぁこんな感じで深夜の出会いのエピソードで僕が話せることはこれくらいですね……彼らは単に気の合う飲み友達として親しくなっているだけかもしれないですし、僕らが期待しているようなロマンチックな関係になりつつあるかもしれません。ただ、一つ断言できるのは、あの日、深夜に板前寿司に来店しなければ二人は出会うことすらなかったかもしれない、っていうことですね。

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……そろそろお時間ですか?いやぁ、初めての取材だったのでうまくお話できるか不安でしたが楽しい時間でした。なんだか、当店の魅力についてお話するつもりが、最終的には人の出会い、だなんて大きく話が脱線してしまってすいませんね。「想定よりも面白い話がたくさん聞けたから記事も良い感じに書けそう」ですか?それならよかったです。完成した記事を読むのを楽しみにしていますね。

 

……帰り際になかなか面白いことを聞きますね。彼らに直接取材したくなったんですか?……ハハハ、確かに記事のネタに使いたくなりますもんね。そうですねぇ……あなたが彼らと縁があればきっと会えるかもしれません。ただ、僕の勘では彼らは近いうちにまた来店なさると思うんです。もう少し詳しく言うと、9月1日の金曜日です。……どうして日にちまで分かるのか?それは赤坂見附で板前をしているから、とぼかしておきましょうか。

 

もし、お仕事のスケジュールに余裕があって、僕の勘を信じてくれるのであれば、9月1日に握りでも食べに来てください。とびきりの一品を用意しますよ。では、今日は本当にありがとうございました、またのご来店をお待ちしております。